韓国旅行記
それでも上海蟹が食べたくて 上海編(作成中)(by 羊さん)
何か旨いもの食べたいなから始まり、焼肉か蟹でもとなり・・・どうせなら本場(ちょっと飛躍)で食べようとのことで、韓国か上海が候補に挙がりました。 仕事は休めないので、11月の3連休で探したところ上海のほうが安く取れたので、行ってきました!
私が段取りする事も考えたのですが、行くなら食べるだけではなく、世界遺産(蘇州)を見たいとの要望から効率よく周るならツアー(自由行動なし)かと思い決めてしまいました。(後で後悔 涙)
10,000円≒676.5元 (空港ターミナル内)
10,000円≒704.2元 (クレジット引落レート12月)
「嵐」アジアツアーinソウル(by tt1957さん)
家内のお供で、ソウルまで「嵐」のコンサートに。
今回はオフィシャルツアーが当たったので、
いつものように家内と二人での珍道中の旅行ではありません。
何年かぶりの添乗員付きのパッケージツアーです。
でも、パッケージと言っても、驚く無かれ、韓国4日間でお一人様18万円!!
こんな値段のツアーが非常な倍率でプレミアムチケットだとは。
ジャニーズパワー恐るべし!!
韓国紀行2(5):4月30日:麗水・光州経由木浦へ、更に麗水へ(by 旅人のくまさんさん)
<1997年4月30日>
28日の月曜日に済州市内のKALの営業所に出向き、帰国便のリコンファームを済ませました。その時、今日の国内便の予約も取っていました。当初予定していた、済州島と木浦(モッポ)の間の飛行便は廃止されていて、いささかとまどいました。仕方ないので、木浦より北に位置する光州(クァンジュウ)まで、飛ぶことに予定変更しました。
<光州へ>
済州国際空港から飛び立った飛行機は小さな機体でした。客室にはニンニクの匂いが染み込んでいて、いかにもローカル線といった感じでした。
しかし、韓国に来て、暫く時が経つと、この匂いもあまり気にならなくなっていました。『郷に入りては、郷に従え』と言ったところです。
済州島からは北西方向に向かって、ほんのわずかの飛行で光州の飛行場に降り立ちました。木浦は光州より南で、半島の南端です。これだけの距離であれば、飛行機よりフェリーです。済州島と木浦間の飛行便が廃止されたのも納得がいきました。
<木浦(モッポ)へ>
去年、日程の都合で木浦行きをあきらめた経緯があり、何としても今回の旅行で辿り着きたかった。それで、光州市の観光はせずに、すぐに木浦行きのバスに乗りました。
今回の旅のテーマが『韓半島南端の港町巡り』であったことが一番大きな理由でした。1時間半ほどで木浦に着きましたが、予想していたより大きい街でした。
当初は、幹線部分から外れた田舎の港町をイメージしていましたが、ここでもビルの建設ラッシュを迎えていました。この日のうちに麗水(ヨス)まで移動し、宿泊する予定だったため、木浦を早々に立ち去ることにしました。
港で麗水までの船便の時刻表を探しましたが、適当な時間のものがなく、結局、市外高速バスを利用することにしました。こちらは便数が多かった。
<麗水(ヨス)へ>
市外高速バスは、一般道路を時には100kmほどのスピードで走りましたが、麗水までは3時間半以上かかりました。南端の港町巡りは思ったより時間がかかるものです。
それでも、着いたのは夕方の5時頃であり、麗水での行動には十分な時間を残していました。最初に港のフェリーターミナルまで行き、エンジェル号の情報を得ようとしましたが、残念ながら事務所は閉まっていました。
今日は平日の水曜日なので、営業時間を過ぎたためのようです。それで、次は観光案内所の様な所で尋ねました。すると、
「エンジェル号はだめだから、汽車(キチャ)にしなさい」
と勧められました。釜山までの交通手段です。エンジェル号がなぜ駄目なのかは、その理由が分かりませんでした。
そこで、次に駅舎へ向かった。構内に掲示された時刻表や、Muさんが持参した時刻表で確認しましたが、途中で乗り継いでも,適当な時間の便がないことが分かりました。結局は市外バスで釜山に向かうことで落ち着きました。
<麗水の宿、屋台>
今度は宿探しです。そのため、もう一度バスターミナルまで引き返しました。駅の近くで、2人で5万ウォンの料金で、なかなかいい宿が見つかりました。2部屋を使って、1人当たり、1泊約2800円でした。
夜にもう一度港近くまで出て、屋台(ポジャマチャ)で魚料理を食べました。屋台と言っても、港のすぐ近くなので、新鮮な刺身を食べることができました。勘定の時、多少日本人向けの値段になっていたような気がしました。それでも1人当たり2千円と少しでした。
食べた料理の中に小振りのうなぎがありました。皮を剥いでありましたので、最初はうなぎであることが分かりませんでした。しかし、食べてみますと確かにうなぎでした。
剥いだ皮はどうしたのでしょう?ひょっとしたら財布などに化けてしまったのかも知れません。
<結局乗れなかったエンジェル号>
今回の旅行目的の1つが,麗水から釜山までの多島海国立公園を、フェリーの船旅を楽しむことでした。昨年はエンジェル号がエンジントラブルで、この目的を果たせなかったので、なおさらのことでした。旅行の最初の日に、釜山でエンジェル号の時刻を確認してあった。
それで、今年は大丈夫と思っていましたが、結果は残念ながら陸路で釜山に向かうことになりました。それも麗水のフェリー乗り場で『5月1日の朝9時に、第1便が麗水を出発』と言った主旨の、手書きの看板を読み解いた後でのことでした。そんないきさつから、正直言って、二人でがっかりしました。
読み解いて喜んだのも束の間、係りの人がぶつぶつ言いながら、その看板を引っ込め、『5月2日から就航で、2階の事務所で予約受け付けます』の看板に替えてしまいました。またしても、ケンチャナヨの世界に負けてしまいました。日本のような正確な時刻表が世界に通用すると考えるのが、そもそもの間違いなのかも知れません。
こんなハプニングも旅の楽しみの1つと思えば、大したことではありません。もともと、宿も、行き先も臨機応変に替えられるのが、この貧乏旅行の何よりの強みです。むしろ、ちょっとしたハプニングがあった位が、後で思い返すと、いい思い出になっていると割り切っています。
エンジェル号ミステリーは未だもって解決できていません。しかし、多分乗客不足による路線廃止だったのでしょう。
済州島にて
飛びし空見上る今日の春霞
道の端枝を気儘に咲ける桐
新緑と競える斜面の山の藤
紅躑躅地肌も紅き光州路
懸けし巣を隠し果(おお)せぬ若緑
陸青み海と嵌め絵の多島海
【旅行時期】1997/04/27~1997/05/02
【エリア】
麗水
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん
「ウェスティン・朝鮮」自分勝手な宿泊レポート(by miler1kさん)
初韓国。1泊2日の男一匹、激短・弾丸旅行【番外編2】
ウェスティン・朝鮮に泊まりましたYO〜ん
立地は最高!
値段も最高・・・(痛い)
・・・ウォン安でなければ泊まりません!
お部屋紹介
部屋は11階のコーナールーム
テレビはデカイけど
狭いお部屋は嫌いだ。。。(いつも反省)
韓国紀行2(4):4月29日:済州島・万丈窟、日出峰(by 旅人のくまさんさん)
<2007年4月29日>
昨日で、観光バスの様子がだいぶ分かってきました。それで、今日は朝一番に春子おばさんの宿近くで、バスに拾ってもらう約束が出来ました。
<2日目のバス観光>
昨日お世話になった観光バスは、約束の時間ぴったりの8時半に来てくれました。昨日、ガイドさんが教えてくれた広い通り沿いのデパートの前でした。ここでMuさんと私の二人が一番乗りです。ガイドさんより早く乗せて貰いました。道順のためです。
ガイドさんの宿は、昨日、バスが途中で立ち寄ったので分かっていました。バスで15分ほど走った所です。次に乗り込んできたガイドさんとも『アンニョンハセヨ』で挨拶し、2日目の済州島東側観光が始まりました。
観光バスの乗客は、ホテルもバラバラで、たまたま乗りあわせた人達の様でした。その中に、芸達者なリーダー格の人が2人いて、車内を盛り上がらせてくれました。ガイドさんもこの二人を上手に使っていました。暫く経つと、30分ほどの移動時間の間は、この二人にマイクを渡してカラオケ大会の司会を頼んでいました。頼んだと言うより、ほとんど強制に近い感じでした。
ところで、日本で一流の演歌歌手は、韓国出身の人が多いと言われています。このバスの皆さん方も、実に楽しく堂々と歌われました。また、実に上手い。リズムがいいし、こぶしも利いていました。こちらも手拍子で一緒に楽しませて貰いました。
<マッカリを飲んで昼食>
今日の昼食はバイキング方式の焼き肉でしたので、マッカリを頼みました。マッカリとは、濁り酒のことです。昨年の旅では、トンドンチュウと呼ばれる濁り酒も飲みました。マッカリが白色であるのに対し、こちらの方は茶色をしていました。
このマッカリを、同じテーブルのご年輩の女性方にも勧めてあげましたら、お酒が入ったところで、次第にうち解けた雰囲気になってきました。この女性方は、日本統治下時代の時の話もしてくれました。
{強制的に改名させられ、日本名も持っていました」
「今、60歳半ば以上の人は、誰でも、日本語を話すことも出来ます。これも強制的に覚えさせられました」
「でも、今は普段日本語を話すことはなくなりました。話し掛けられても、普段は日本語を話したくはありません」
等と、語ってくれました。複数の方から、その時の名前もお聞きしましたが、忘れてしまいました。メモをとっては失礼だし、覚えても詮無い話です。春子おばさんの場合は例外です。
ところで、こういった重たい話題の時は、こちらも真剣に話を聞くことにしています。聞き役に徹することが重要だとも思っています。総じて、大勢の韓国の人達に混じった日本人に対しては、反日感情と言ったものは、表には出てきません。こちらとしても、反日感情をほとんど感じることはありません。
しかし、残念なことに、日本からの団体旅行で、金にまかせてやりたい放題の人達を見かけることがあります。こんな時でも、韓国の人達は、商売だから表面は取り繕われています。でも、内心はどんなものでしょうか?
同じ日本人の立場で見ても、困った団体旅行客に、苦々しい思いをすることがあります。そんなことで、韓国に限らず、海外個人旅行の時は、出来るだけ日本からの団体旅行客には近寄らないようにしています。
<万丈窟(マンジャングル)>
済州島の見学で見所は多かったですが、一番印象に残ったのがこの万丈窟(マンジャングル)でした。韓拏山(ハルナサン)が火山爆発した時に出来た洞窟です。長さが13,422mあり、溶岩洞窟では世界最長とされています。その1kmほどが観光コースとして整備されていました。
観光コースの部分の床は大部分が平らで、断面は見事なかまぼこ型をしていました。その広さは優に2階建てに地下鉄を通せるほどの規模でした。最高幅15m、高さも15mとされています。
狭くなったり、高低差がある場所には手すりと足場が設けられ、かなり長い距離を歩くことが出来ました。ガイドブックによれば、見所の亀の甲型の溶岩の場所までが約15分、コースの終点が更に10分歩いたところであると記されていました。
実際、かなりひんやりとするこの溶岩窟に降りてから、1時間程を見学に費やしました。終点では天井に抜ける穴があり、そこから外光が差し込んでいました。この万丈窟の入り口は島の東北方面にありました。
<日出峰>
残念ながら日の出の時間はとうに過ぎていましたが、日出峰の奇岩も見応えがありました。12景の第一に挙げられている景勝地です。
済州島の噴火口の1つだとも言います。周囲約1.5km、高さ約180の岩山が、岬のように海に浮かんでいました。ここでも済州島が、かつて、火山島であったことが再認識させられました。その場所は島の最東端に位置していました。島で日の出を見るのに最も適した場所であることが納得できました。
<皆さんとの別れ>
今日の東回り観光の後は、最初の方にバスを降りることになりました。朝の順路とは逆になったためでしょう。ただし、ガイドさんが先に降りることは出来ませんので、その順番だけが違いました。
春子おばさんの宿の前には出来ませんので、朝乗せてもらった広い通り沿いで降ろして貰いました。皆さんに頭を下げて『カムサハムニダ』とお礼の挨拶しながら降りますと、沢山の人が窓を開けて手を振り、別れを惜しんでくれました。2日間だけの皆さん方との済州島旅行でしたが、代え難い楽しい思い出を残すことが出来ました。改めて、カムサハムニダ!
済州島の島巡り観光で
花飾る園児のバスと交す笑み
八重桜小高き丘を過ぎし時
八重桜歓声揃いて上がるバス
色白の樫葉萌ゆる島の尾根
火の島や海浜春の波寄せる
黒き岩海に続けり島の春
溶岩を重ねて分かつ畑萌ゆる
溶岩の絶壁緑の薄化粧
放牧の若草食める親子馬
濁り酒老いしアジュマと花昼餉
打解けて日本名聞きし花の宴
街路樹の椿の落花もケンチャナヨ
手を振りて短き旅を惜しむ春
【旅行時期】1997/04/27~1997/05/02
【エリア】
チェジュ
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん